梅雨明けツーリング(しらびそ高原) |

これ取れワンワンと言われんばかりに長く突き出された抽選札を手にしたら当選してしまいました。観念してレポートをしたためます。
7月16日(土) 曇天から雨天に

梅雨明けと呼ぶには不確定な天候のなか、午前9時、未着の方がいましたが、幹事からのブリーフィングがあり中央道「談合坂SA」を出発。
幸いにして雨は止んでいて、また暑いということもなく快適な走行となりました。
八ヶ岳PA(休憩) 未着の方からは宿に直行との連絡あり。駒ヶ根IC 一般道へ
光前寺(こうぜんじ)
長野県・光前寺という天台宗の寺を散策しました。
早太郎という霊犬がイケニエとされていた娘に代わって魔物を退治したという伝説があるそうです。・・・そういえば、そのような話、どこかで聞いたことがあったような。

ここでは、まず、参道を取り囲む杉の見事さに圧倒されました。




本堂には不動明王が祭られていましたが、天台宗の本尊が不動明王であったかどうか、受付の僧侶に訊いてみようかと思ったのですが、接客が絶えないようなので諦めました。美しい寺でした。


道の駅「飯島」にて昼食
アンフォルメ中川村美術館



ここから雨が降り出しました。
目指すは宿ですが、走っても走ってもたどり着けないという感じの長くて険しい道のりとなりました。

夜になっても晴れるということはなく、残念ながら、星を観察することは出来ませんでした。

7月17日(日)







解散後、安岡さんと新東名麓のガソリンスタンドで別れ、独りぽつねんと走りました。
高所が苦手で橋の上は風も強いので、そんな箇所の多い新東名はバイクではもう二度と走りたくないと思いながら走り続けました。
全体として、一日目の後半からは雨が降り出しましたが、雨のイケニエになるというほどのことでもなく、走りに走ったツーリングとなりました。
※アンフォルメ中川村美術館で感じたこと(関心のある人だけ読んでください)
中川村美術館での絵画のテーマは「アンフォルメル(形式に囚われない)」でした。
絵画は宗教画を除けば、おおむね写実主義、印象主義と発展してきました。私個人は、以前は絵画にはまったく関心がありませんでしたが、携わっている学習の途上で或る思想家の「セザンヌの絵は人間がいる以前の風景」という言葉に触発され、爾来、熱心に鑑賞するようになりました。ところが、「非形式」に象徴される現代美術はまったく理解できず、現代アートのコミュに属したりして、愛好家たちとも話題にしてきました。
科学、そして私たちの思考の基底にあるのは1+1=2という常識です。ここでは詳しい話はしませんが、それは単なる約束事であり、真理ではありません。余談ですが、発明家エジソンはそれを理解できず、先生も答えられなかったために学校を小学一年生で止めてしまったということは有名な話ですが、学校という所は、こう考えなければ立派な大人にはなれないぞ!という強迫観念を生徒に植え付け調教していく場所なのです。
エジソンはそんな犠牲にならなかったので豊かな発想を持ち続けられたのだと考えられます。
真理をそうした約束事以前に求めていく営みが芸術、哲学、宗教ですが、セザンヌはそれを具現化した画家と言えます。
仏像の多くは眠ったような眼をしていますが、それは半眼と言って、半分は外界を、半分は内心を見つめるという姿勢を表現しています。印象派の絵画はちょうどそのような姿勢で描かれたものと私は理解しています。

では、現代絵画とは何か、という問いですが、結論を言えば、内心に大きな比重をもつもの。それがこの日、訪れた美術館で感じ、考えたことでした。
だけど、作者に制作の意図を訊かなければ作品を理解できないというのでは、芸術の本来の意味から逸脱しているのではないかと考えます。芸術は言葉ではないからです。仏教思想で半眼の世界の先にあるもの。それも難しい話になってしまうので割愛しますが、もし芸術が人間の智慧とともにある営みであるとするなら、美術世界にはまだまだ発展の余地があると言えそうです。
そんなことを想いながら中川村美術館を後にしました。

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