北信の歴史街道を行く |

旧國道10号線と西大滝ダムから関田峠を越えて

誰しも若かりし頃何処に行くのも何をしても楽しく、無いのは金、有るのは時間であった。
最近は『気に入ったバイクは手に入れたが乗る体力が・・』。
いつの頃からか旅のスタイルは古きもの訪ね新しきを知る『温故知新の旅』となって久しい。
今回は長野と新潟県境JR飯山線沿いに造られた旧國道10号線と、大正時代計画された当時東洋一の貯水能力とされた西大滝ダム、冬は閉鎖の関田峠を訪ねる。
戦国時代、上杉謙信は北条征伐のため今の塩沢からのルートとして清水峠に向かう謙信尾根を使った。明治期になって大久保利通が物資の流通の必要性からそのルートを基本としながら峠の東側を谷川岳東に馬車で通れるよう道幅広く緩い勾配の道路(現在未開通の国道291号線)を造った。しかし開通僅か1ヶ月で崩壊し現在まで通行止めは続いている。
そこで後年代替の国道は国道17号で新潟へと繋がったが、それまでの間の国道ルートとして計画されたのが長野経由の國道10号線(下図は大正国道全図)である。今回はその道を辿る歴史体感の旅である。

9月7日(土)


今回参加の皆さんは家族連れも多く車4台、ソロ10台、珍しくsidecarは見送りの2台のみであった。
休憩ポイントと高速降りるIC出口を指定して高速は自由走行で「塩沢石打IC」へ。
下道を魚沼スカイライン入り口経由で津南へ。津南から南下し長野県に入る。
脇を流れる信濃川は千曲川と名前を変え栄村へ。
雪国ならではのスノーシェドを何度か通過。

併走するJR飯山線は100円稼ぐのに15,000円かかる日本で3番目の赤字ローカル線。
大雪で道路も通行止めとなるため鉄道は廃止に出来ない事情だ。
信濃白鳥を過ぎるといよいよ谷街道(旧國道10号、現在の長野県道408号)だ。分岐点で「この先通行止め」標識、だがダムから先のようで一安心。
西大滝ダム

道は対向車も無く旧道の雰囲気を満喫しながら西大滝ダム旧国道10号線ツーNO1.docxに到着。
ダム前の広場は多くの染井吉野が植わっており、その時期に再び行かれる事をお勧めする。

近くを走るJR.飯山線は大正時代、地元飯山で鉄道の敷設の機運が高まり篤志家の協賛を得ながら私鉄として発足するものの第一次大戦の影響で工賃・資材など高騰し頓挫しかけたが、ダム計画実現のためダムまでの区間が着工、完成されダム資材輸送は大幅に改善。
昭和14年にダムは完成、ここで堰き止められた水は送水管で津南の発電所に送られ関東一円の電力安定供給の中心的役割を果たしている。
戦前に完成されたダムと飯山線(その後津南経由で上越線に繋がる)は現代も必要不可欠な存在である。ダムは堤防高14Mhighの天端を狭い(高さ2.0m幅2.2m規制)通路を横断出来る秘境感漂うお勧めのスポットである。
旧街道はここから通行止めのため国道117号から市川橋経由で再び旧街道へ戻るとびっくりするような巨大な球体が橋の親柱に、出川橋である。銘板は國道十号線。

私見であるが隅田川に掛る両国橋も巨大な球体(地球儀の親柱)がありその後に設計された同じ国道の出川橋も両国橋を意識した意匠かもしれない。
対向車も無く景色を眺めながらゆったり走る事が出来るこのコースは都会の生活から解放されるホッとする瞬間だ。
昼食はその先の長野県・飯山市「いいやま湯滝温泉」の食堂。
時間があれば千曲川を見下ろす広い露天風呂が魅力だが次の機会に。
いよいよ最後の見所「関田峠」へ。

戦国時代上杉謙信が冬場は積雪十丈(30m)になる山道を軍事道路として造って関所を置いた。現代も豪雪地帯を通るこの道は11月から除雪が終わるまで閉鎖される。謙信没後、景勝が会津に移された後、この道は荒廃したままだったが江戸時代飯山藩と高田藩が協力して道普請を行った記録が残る。
この山道は飯山線開業に伴い再び廃れていたが、昭和に入り車道整備が行われた。
登りのアプローチは田や畑、名も無き神社、集落の風景がいかにも里山の風情を感じさせる。登りが続きブナの原生林の隙間から貯留池が左手に見えその先が関田峠だ。
峠からの先のダウンヒルは本来妙高の山々が見えるはずだが今日は雲に隠れている。
途中、映画「浅間山荘事件」のロケ地「光が原」で使われた建物取り壊し鉄球を見たのち「岩の原葡萄園」に寄り上越ICから日本海沿いを北上。

本日の宿寺泊・新潟県長岡市「お宿まつや」に到着。

宿の番頭三毛猫のお出迎えです。

夜の懇親会はビールに飽き足らない面々が地元の銘酒を自腹で購入、えーい面倒と一升瓶毎購入した御仁もいてバイク談義に花が咲く。


宴も進んだところでクラブTシャツを景品にじゃんけん大会開催で更に盛り上がり二次会へ突入。
9月8日(日)
朝起きると雨。
直帰組と寺泊の海産物土産購入組に分かれそれぞれ帰路につき新潟ツーは幕引きとなりました。
終わりに会長の「レスキュー軽トラ」の出番は無かったもののいつものお気遣いに感謝申し上げます。

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